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食と健康を科学する

健やかで心豊かな生活をおくるために必要なこと、それはバランスのとれた食生活です。老化防止や疲労回復、生活習慣病予防の基本となるのが毎日の食事だとはわかっていても、それを実行し継続するのは、とても難しいことです。このコーナーでは、食に関する理解を深めていただくために、食品中の栄養素の働き、病気を防ぐための食事、私たちが食品をおいしく感じる仕組みなど「食に係わる健康科学」の知識をわかりやすくご紹介していきます。

安全に食べるための食感のデザイン 〜食品物性〜

取材協力・監修
(独)農研機構 食品総合研究所 食品機能研究領域 食品物性ユニット長
 神山 かおる 先生

こうやま・かおる 食品物理学、とくにヒトの咀嚼計測・解析、食品テクスチャーの機器測定などを20年余り研究。食品の物性に関するシンポジウム運営委員。2004年日本食品科学工学会奨励賞。2006年4月から現職。また、2008年から筑波大学生命環境科学研究科国際地縁技術開発科学専攻連携大学院准教授。

食品のおいしさを決定づけるテクスチャーとフレーバー

第1回でご紹介したように、食品がもっている役割つまり食品機能は、エネルギーや栄養素を供給するための一次機能、おいしさに関わる二次機能、さらに健康な心身を維持し調節するための三次機能がある。すべての食品は、これらの機能をもっていると考えられるが、主食などの毎日沢山食べる食品は一次機能、菓子や嗜好品は二次機能、いわゆる健康食品やサプリメントは三次機能を、より重視していると言えるだろう。

ここでは、食品のおいしさを決定する要素について考えてみたい。図1に示すように、おいしさは、食品のもつ性質だけでなく、食べる人の状態や食べる環境にも影響される。食品の性質は、食べるときに五感を駆使して人に知覚されるが、大きく分けて味覚や嗅覚で感じられる化学的な因子と、触覚、温度感覚、視覚、聴覚で感じられる物理的な因子とに分けられる。より大きく分類すれば、物理的な因子を「テクスチャー」、化学的な因子を「フレーバー」ということもできる。どちらかと言えば、歯で噛んで食べる固形状食品の多くは、テクスチャーの方がおいしさに寄与する割合が高く、飲んで食べる液状食品では、フレーバーの寄与が高いことが知られている。

フレーバーが変わっても食品のテクスチャーはあまり変わらないが、テクスチャーと呼ばれる食感を変えると、同じ量の味やにおいの成分を含んでいても、フレーバーの強さが違って感じられる。近年、流行している食品は、「ふわふわ」、「とろーり」、などのテクスチャーをキーワードとする、極めてやわらかいものが多い。一般に、固形状食品がやわらかくなりあまり噛まなくても食べられるようになるほど、液状食品の粘り気が少なく水のようにさらさらと流れやすくなるほど、フレーバーの感覚強度は強くなることが知られている。やわらかい食品では、味が早く、より強く感じられることも原因であろうが、この30年ほどの間に加工食品はどんどんやわらかくなる傾向にあるようである。

図1:おいしさの構成要因

おいしさを決めるのは、温度、天候、環境、空腹感、食習慣などの外部的要因もあるが、今回は食品のもつ物理的因子に注目した。

食品の窒息事故とテクスチャーの関係

一方で、社会の高齢化に伴い、テクスチャーを食べやすく変えた高齢者用食品あるいは介護食品のニーズが高まっている。厚生労働省は、世界に先駆けて、1994年から高齢者用食品としてかたさと粘度の基準を作っていたが、昨年度にこれを改廃し、新しく「えん下困難者用食品」の基準を定めた。ここではかたさ、付着性、凝集性という機器測定で得られる物理特性値を基準に用いている。一方、もう少し健康な人向けの食品も含めれば、日本介護食品協議会という民間の団体が提唱している「ユニバーサルデザインフード(UDフード)」の自主規格などがある。これらの基準は、材料や栄養素などの成分の量に基づくものではなく、かたさや付着性などの物理的な性質の基準であることと、それが基準値以上あるいは以下というのではなく、数値がどこからどこまでの範囲にあるという基準である点が新しい。

最近、こんにゃく入りゼリーで子供が窒息事故を起こしたことが大きく報道され、食品の窒息事故が社会的に関心を集めている。何が、こんにゃく入りゼリーのテクスチャーの特徴なのであろうか。

筆者は、昨年度、内閣府食品安全委員会の食品による窒息事故に関するワーキンググループに参加した。事故件数では、米飯などの大量に食べる食品の事例が多くなるため、平均的な一口の食品あたりの窒息事故頻度を数値化して比べた。救急救命処置を受けるような事故の現場で、客観的に原因食品が明らかになる例は少なく、事故例数、食品の消費量、食べ物毎の一口量、と、推定せざるを得ない項目も多かった。このような状況から、数字の精度はせいぜい一桁だと考えられるが、調べた中では、餅がもっとも一口あたり窒息事故頻度が高く、一億回口にすれば7回程度は事故が起こるだろうと推定された。その次に事故頻度が高いのは、飴類やミニカップ入りゼリーと考えられ、一億回につき1〜数回と考えられた。パンや米飯類などは、大量に食べられているため、事故件数は多いが、頻度にすれば低くなった。現状では、これよりも詳しく数値を示すことは難しいが、頻繁に食べられる主食と嗜好品であまり食べられない食品とを、頻度で比較することができた。

窒息事故が起きているのは、乳幼児と高齢者が多く健康な成人層ではほとんど問題になっていない。餅は高齢者で、飴やこんにゃく入りゼリーでは子供の事故がより多いという特徴がある。健康な成人ではこんにゃく入りゼリーの事故は、全く報告されていないが、高齢者や乳幼児では、流動食やかゆ、離乳食など、そもそも極めて食べやすい食品でも死亡事故が起こっている。これは成人ではテクスチャーに応じた咀嚼(そしゃく)ができるが、発達期や減退期ではそうでないためである。

図2:ライフステージにおける咀嚼能力の変化

成人になるにつれて人間の咀嚼能力は向上。しかし、一定の時期を過ぎると低下する。高齢者には咀嚼力に合わせた食事が望ましい。

咀嚼能力を高めるにはテクスチャーにもバランスを

図2に示すように、人間は生まれながらには咀嚼ができず、発達期に経験によって摂食能力が高められていく。例えば、舌で食物を押し潰せるのは平均して7〜8ヶ月ころ、奥歯による咀嚼ができるようになるのが18ヶ月ころとされている。その後も発達に応じて多様なテクスチャーの食品を食べ、咀嚼能力を高めることが必要である。例えば、5歳児、8歳児と若年成人の一口に食べる量を比較調査した研究(※)によれば、成長に伴い各食物の一口量は増えるが、そのばらつきは減っていく。成人が摂食経験のあるものを食べる場合には、個人差はあるが、同じ人が同じ食物を食べるときの食べ方はほぼ決まっている。これは、それぞれの食物の性状に合わせて食べられるようになるためと考えられる。

一方、高齢者では加齢や持病などによる咀嚼能力の低下が認められる。大きな問題となっているのは、高齢者の肺炎で、食べ物や飲み物、または唾液が正しく飲み込めずに、気管や肺に入ってしまう誤嚥(ごえん)が、きっかけになって起こる場合が多い。若者でも誤嚥は起こるが、その場合、反射的に激しくむせて、気道から食物を取り出すことができる。高齢者では、誤嚥をしても咳反射が起こらないために、感染症を起こしやすいのである。介護施設などでは、窒息や誤嚥による事故を怖れて、餅などの窒息リスクが高い食品を食べさせない。もちろん能力を超えたものは危険だが、流動食など、必要以上に食べやすくしたものばかりでは、摂食や消化機能が早く衰えてしまう。

全部の食物を一緒に混ぜてミキサーでどろどろにしたような介護食の形態は、栄養や味の価値は変わらず生命を維持するには十分であっても、外観が悪くテクスチャーがすべて同じようなものとなる。食材毎に、別々にミキサーにかけたとしても、一見しただけでは、どんな料理なのかが全くわからず、食欲が出るようなものではない。特に高齢者や病人など、テクスチャーを食べやすくした食事が必要な場合では、栄養摂取量が不十分になりがちで、食べる意欲を引き出すことが極めて重要である。

食品のもっている役割のうち、一次、三次機能を満たし、栄養面のバランスがいくら優れていても、介護食のようにテクスチャーのバランスが悪ければ、おいしくない。すなわち、食品の二次機能のうち、物理的なおいしさの因子が失われているのである。食品のテクスチャーのバランスが良い食事が大切であるが、いろいろなテクスチャーの食品を楽しむためには、摂食能力の健全な発達、その維持が、栄養の面でも心身全体の健康面でも重要であろう。

(※Yagi K.et al.,Ped Dent J 2006;16,17-22)

イメージ

食品の味わいを決めるのはその「テクスチャー」つまり舌ざわりや歯ごたえが重要。バリバリと堅いせんべい、プルプルしたゼリー、歯ざわりのいいレンコン、やわらかいバナナ、ぷっくり膨れる餅。それぞれの質感が味を形作っている。

YL Vol.04 2010.8.5発行

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